まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集①「お好み焼き」
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 幾度目かのぼやきを口にした時、今まで前を向いていた小森がひょいと渉の方を向いた。

 一瞬渉は、怒られるのでは、と思った。せっかく仕事が終って気分転換してんのに横でごちゃごちゃうるせえんだよ、と……。

 冷静に考えてみれば、退社後に遊んでいる先輩社員を勝手に探し出して、横から興醒めするようなぼやきを一方的に聞かせていたのだからひどい話だ。温厚そのものの小森だが、渉はさすがにまずかったと思った。が、小森の口調は荒々しいものではなかった。

「白坂ァ、大丈夫だよ。おれも一度やってるから」
 意外な言葉に思わず渉の手が緩み、十分に弾かれなかったパチンコ玉がバチバチとぶつかり合って下の受け皿に落ちてきた。
「俺もさ、えっとあれは、前の前の支店の時かな。カバンなくしたことあんだよ。でも今なんともないだろ。だから心配すんなよ」
 小森は言い終えるとウンウンと一人頷いて、再び前を向いた。
「……なんか飲みます?」
 渉は席を立った。トイレに行って飲み物でも買ってこようと思ったのだ。様々な思いが複雑にわき上がってきて、まったくもってパチンコどころではなかったからだ。

 まず一番に頭に浮かんできた言葉は、奴と同じ失敗をしてしまったのかよォ、だった。言われた瞬間、パッとそう考え、しかし目の前にいる先輩を心の中とはいえ奴呼ばわりしてしまったことに動揺を深め、さらにこんなことで動揺しているからあんな単純な失敗を起こすんだと、体が熱くなる。

 連鎖してわき出してくる考えが、雪崩のように心の中を掻き乱し、渉はとりあえず席を立ったのだった。

 ─しかしなにが大丈夫だよ。それじゃ俺も、皆に陰で笑われるダメ社員に一直線かよ!

 トイレに入っても浮かんでくるのは怒りの言葉だった。

 渉も温厚な方だったが、ダメ社員に同類視され、しかも今現在それが揺るがしようのない事実という現状から、一気に怒りが先行してしまったのだ。

 しかし小便もせずにジャブジャブ顔を洗い続けたお陰で、怒りも徐々に収まってきた。手を拭き、ジュースを買う段になると、思考はいつもの穏やかなものに戻っていた。

 ─同じ失敗とはね。なんだか不思議な力に呼ばれてここへ来ちゃったみたいだな。
 少し薄気味悪さを感じた。

 ─でも、「大丈夫」か……。

 今度は心静かに思い返した。考えてみればなんとなく、小森に言われるのが最も受け止めやすい気がしたからだ。これが同僚に言われていたら気休めとしか思えない。それどころか、心配顔で裏じゃ笑ってんだろう、などと勘繰ってしまう。なにしろ今、心がささくれ立っているのだから。

 後々今日のことが知れ渡って、様々な人から様々な言葉が掛かるに違いない。「気にするなよ」「誰でもあるさ」なんて……。

 まあ覚悟はしている。しかしこの今、しでかした直後はさすがにきつい。我ながら適任者を選び出して横に置いたんだな、と改めて思い直した。

 そうとあれば先駆者に、しでかしてしまった当時の状況でも聞いておいた方が今後のためかな、と渉は、ジュースを両手に席へと戻って行った。