まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集①「お好み焼き」
2/13(2010.08.30更新)



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 子供の頃から、白坂渉は祭りが大好きだった。とはいえ、山車や神輿にはまったく興味を示さず、縁日を練り歩くことこそが、彼にとっての祭りだった。

 カキ氷、綿菓子、たこ焼き、金魚すくい、お面、ソースせんべい、あんず飴、ヨーヨー、ヤキソバ……。それら、道の両側に居並ぶ華やかな出店。それが彼にとっての祭りなのだ。

 小さい頃は親に連れられ、段々年齢が上がっていくにつれ友人たちと、さらに大きくなるとその中に女の子が混じり、時にはその中の特定の女の子と二人で歩くこともあった。が、同行者がどう変わろうとも、夏になると祭りに顔を出すのが常であった。

 だから大学二年の時、サークル内で仲のよい村野直也が、近所の祭りで屋台を出すので手伝ってくれと言ってきたとき、一も二もなくその話に飛びついたのだった。

 もう一人、同じサークルで気の合った田中俊之助を誘い、三人体制で年に二日だけのお好み焼き屋をやりだし、今年で十年になる。

 渉にとって、この祭りの行われる八月最終週は毎年心待ちにしている週だった。

 学生時代に始めてから一貫して変わることのないこの週のスケジュールは、まず祭りの前夜の金曜夜、直也の家に三人が集まるところからスタートする。

 この日は皆がうまく残業を逃れ、集まるのは大体八時頃。先に来た者は道具の掃除や備品の修繕など、簡単にできる雑用をしておく。三人そろったところで買出しに向かう。三人でぞろぞろ、近所の大型スーパーに向かってゆくのだ。カートを二台用意して、次々と品物を放り込んでゆく。毎年のことなのでこの作業もすっかり慣れていて、何を買うか、そして買おうとしている物がどの辺りに売っているかということも把握している。

 さらにはカゴに入れる順番までも熟知していて、時間をかけずに次々商品を入れてゆく。生地の元、ソース、マヨネーズ、割り箸などは一番下。キャベツや紅ショウガは真ん中。上はもちろんタマゴ。缶ビールは別のカゴに入れる。これはレジが済んで袋詰めをするときも、まったく同じだ。

 帰りは行きの倍、時間がかかる。三人それぞれ両手で重い荷物を持つからだ。しかもその六つの袋それぞれ、上にタマゴが乗っているのだから慎重にならざるをえない。

 直也の家に戻ったらすぐ仕込みに入る。キャベツ係はザルをいくつか並べ、キャベツを次々切って山盛りにしてゆく。そして水分が充分に切れたものからビニール袋に詰め込み、冷蔵庫に入れてゆく。生地係は粉を水で溶き、これもビニールに小分けにしてゆく。こちらの方は液体なので漏れることのないよう、厚手のビニールを二重にして頑丈にしておく。

 もう一人は詰めこみ作業。三つあるクーラーボックスの一つに、お好み焼き関係で冷蔵しなくてもいい品物を入れてゆく。カツオ節や青のりなどだ。もう二つのクーラーは、翌朝冷蔵庫から品物をすぐに入れられるように、きれいに洗っておく。タマゴのパックは翌朝、安全かつ迅速にクーラーに積めるよう、新聞紙に包んで冷蔵庫に入れておく。もう一つのクーラーには、祭りの間、自分たちが飲む缶ビールを入れることになる。製氷室から氷を空け、ビニールに入れて氷温室に入れておく。そして新たに氷を作っておく。洗ったタッパ、調理器具をもう一度点検し、暖簾や電球なども丁寧に点検してゆく。割り箸や皿などの消耗品も袋詰めする。

 この仕込みの時間からは三人それぞれ、缶ビールを手元に置いての作業となるが、割合まじめに、もくもくと作業をこなしてゆく。時おり交わす会話も短く、話しこむことはない。終電までに終えなければならないので、それぞれ迅速にことに当たっているのだ。

 作業を完了して台所を掃除し終えると、積める物を直也の家の軽ワゴン車に積み込んで、前日の準備は終了となる。夜で日差しはないものの、熱帯夜のまとわり付くような熱気のせいでけっこう汗をかく。最後の方は首にかけているタオルでひと動作ごとに汗を拭うことになってしまう。会社帰りでスーツ姿だから、その汗が余計に気持ち悪く感じられるのだ。

 学生の時はそのまま直也の部屋に泊まり、翌日一緒に祭りに向っていたのだが、今は一旦家に帰って翌朝出直して来る。スーツ姿という問題もあるが、それ以上に、泊まるとついつい深酒してしまい、寝不足と相まって祭りの当日、夕方くらいまでかなりつらい思いをしなければならないからだ。面倒でもしっかりと家に戻り、出直して体調を万全に、祭りに臨む方がこの週末をしっかり楽しめるのだ。



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