まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集①「お好み焼き」
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 今年も気温が上昇するのに伴って、彼の心もはずみ出してきた。そして夏になり、指折り数えてこの週を待ち焦がれていたのだ。

 しかし今週の頭、仕事上の大失敗をやらかし、彼の頭は一転して祭りどころではなくなってしまった。

 失敗をやってからこちら、そのことが頭から離れず、とても心躍る気分になどなれなくなってしまったのだ。

 当初は祭りを断ろうかとさえ思った渉だが、時間が経つにつれてとりあえず気分が落ち着いてきて、一応例年通り金曜夜に直也の家へ向かって行った。たどり着くとすでに俊之助は来ていて、大声と笑顔と缶ビールに迎えられた。心穏やかでなかったものの渉はなんとかそれに合わせ、やっぱり自分が例年のパターンを崩さなくてよかったなァ、と胸を撫で下ろした。ケガや病気でもなければ、縁者親類の不幸でもない。なにしろ原因は、自分の不注意で引き起こした失敗なのだ。

 二年前にはこんなことがあった。俊之助は、あまりこの祭りの一件に好感情を持っていなかった彼女に、祭りの当日に自分と会わなかったら別れると詰め寄られ、
「ふぅん、じゃあ祭りを手伝うか別れるかだな」
 とあっさり言い返したのだ。大晦日に旅行したのはその年だった。

 俊之助はその他に、架空の親戚のおじさんを危篤に追いやったこともあった。金曜に残業の入ってしまった俊博は親に電話を掛けさせ、取るものもとりあえず、仕込みに急行したのだった。

 社会に出て何年も経てば、さまざまなしがらみも出てくる。なにも語ったことはないが、おそらく直也にもいろいろあるはずだった。

 とかくこういうものは一度誰かが乱してしまうと、堰を切ったように崩壊してしまうものなのだ。自分がその引き金にならなくて本当によかったと、渉は心から思った。

 もっとも渉が踏みとどまったのは、足並みを乱さないようにという思いがあったのも確かなのだが、正直なところを言うと電話を掛ける気にもならず、ダラダラと日が過ぎてしまったのだ。

 祭り前日の高揚した雰囲気に気圧され、渉は仕事上の一件を話さず、二人に調子を合わせる形で金曜の仕込みを過ごした。翌土曜も、祭りの場に着くまでは悶々と考え込んでいたが、現地に着くと普通にふるまった。しかしさすがに長い付き合いの二人は渉の変調にうすうす気付いているようで、気を使う素振りも時おり見せた。だがそれに大げさに触れることもなく、自然に振舞ってくれている。渉はそれに感謝しながら、黙々と祭りの支度をこなしていったのだった。