まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集①「お好み焼き」
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 ペッタン、ペッタン、と連続で六枚ひっくり返す。その新たに下になった面が焼きあがるまで手持ち無沙汰となり、まるで餅つきのように、渉の手が休まると同時にタイミングよく直也がビールを差し出す。

 一見完璧なパートナーシップだが、これで中々駆け引きがある。客を待たしている直也としては、早いところ今焼いているものを二つ折りにしてソースと青のりをかけ、客に手渡したいのだ。しかし渉の立場としては、万が一しっかり中まで火が通っていないなんてことになってはいけないので、客がどんなに列を作ろうが、じっと焼き上げなければならない。会社で言えば、営業と製造の関係みたいなものだ。

 例年、暑い日中はまったく売れないで、手慣らしとして焼いた分は自分たちの腹ごしらえとなってしまう。

 陽が傾くと同時に売れ始め、人出もピークとなる六時過ぎからは、客足が止まらなくなる。客が並び、次々焼いても追いつかない、という状態になってしまう。

 今がまさにその時間帯で、汗が流れ出て止まらない。

 ビールをあれほど飲んでいるのに、一度もトイレに行っていない。全部汗になってしまうのだ。それなのにちっとも体がつらくない。むしろ、日頃の運動不足ではり付いてしまった不健康な脂肪分が流れ落ちてゆく爽快感が心地好い。実際、毎年この二日間だけで三キロは軽く落ちるのだ。

 先程の六枚がしっかりと焼き上がり、次々と直也の差し出す発泡スチロールの皿に乗せてゆく。そして休む間もなく薄く油を引き、次の六枚を焼いてゆく。

 機械のように次々焼いてゆく。それでも客が注文する声が飛び交って止むことがない。学生の時には、商売ってこんなに簡単なものなのか、などと思ったりした。さすがに今では思わないが。

「代わろうか」
 俊之助が何度目かの声を掛けてくる。大丈夫と渉は片手を上げ、気合を整え一気に六枚次々と、ひっくり返す。
「うまいもんだなァ、まったく」
 ビール片手に、直也が感心した声を出す。
「こんなもんで褒められてもなァ」
 差し出されたビールを手に、渉はふてくされ気味に吐き捨てた。が、テキ屋じゃねえんだし、と続いて浮かんだ言葉は飲み込んだ。本職のその人たちにもし聞こえてしまったら、と周囲を窺うサラリーマン気質が、休日にも顔を出しているのだ。

 俊之助の受け持ちは金銭の受け取りに具材やビールの補給と、雑用一般だ。その仕事は手すきの時間がかなり多くなってしまい、なんとなく働いた充足感がわかない。

 俊之助の充足感を満たすため、少しは係を入れ替えた方がいいとは分かっているのだが、しかし今日だけは手すきの時間を作りたくなかった。だから夕方の忙しくなってからこちら、ぶっ通しで焼き続けているのだ。手すきの時間ができると、ふと、あの〝失敗の件〟が心に入り込んでくる。思い出してしまうのだ。