まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>流辺硫短編小説集②「塔」
1/11(2010.10.20更新)



塔写真撮影者:らら(photost.jp)



「あぁ確かに。そうしてもらえると助かるなぁ。今晩、仕事が終わったらこっちを出るからさ」

「来たら貴夫にも手伝ってもらうぞ」

「そりゃもちろん。車で行くからさ」

「車で来るのかぁ……。一人で来るんだろ、交通費がもったいないんじゃないか。それに大丈夫か、徹夜運転?」

「まぁたしかに交通費はね。でも俺のはワンボックスだし、誰か乗っけたり色々と役に立つと思うからさ。兄さん、今まで大変だったんだから少し楽してよ。徹夜運転もしんどいけど、まぁ夜の方がすいてるからね。仕事終わったらすぐ向かって、そっち着いたら少し休むよ。それに多少無理しても、月曜に有給取っちゃうから問題ないよ」

 貴夫の妻は心臓に持病を抱えていて、日常生活にこそ支障はないが、遠出ができない身だ。だから貴夫自身、長い間家を空けることもできず、見舞いはいつも一人で、週末に日帰りか一泊だけだった。母親が入院して半年、世話を兄夫婦に任せっきりにしたせめてもの罪滅ぼしにと、出費は承知で、車で行こうと考えていたのだった。

「そうか、正直なところそれはありがたいな。で、さぁ貴夫、もしできたらでいいんだけど、達矢君を連れて来られないか?」

「えっ」

「ほら、母さんもすごく気にしていたし、なにより長男だろ、貴夫の。だからできればさ」

「うーん……」

 もちろん貴夫だってそうしたいのはやまやまだった。母親の葬式に長男を連れて行きたいのはもっともなことだし、兄がそう言ってくる気持ちも分かる。しかし一人息子の達矢は一年以上引き篭りが続いていた。それを部屋から引っ張り出して親戚縁者が溢れている場にさらけ出すのは、かなり難しいと思った。

「これが一つのきっかけになるんじゃないかな。それにさ、少し強引にでも引っ張り出さないと、いつまでもズルズル行っちゃうぞ」

「それは分かるんだけどな」

「まぁとにかく、言うだけでも言ってみてくれよ」

「分かった」

 それが、兄の和寿とのやり取りだった。

 電話を切った貴夫は、ふうと大きくため息を吐いた。


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今回の更新はここまでです。
次回は10月30日(土)に更新を予定しています。