| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集最新話 |
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第十六回(2010.7.25更新)![]() |
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鉢形駅のホームに降りる。空には薄く雲がかかっていて晴天というわけではないが、大きく崩れるようにも見えない。スカッと晴れた空の方が気持ちいいが、これから河原に立ちっぱなしとなるので、これくらいの日差しの方がいいのかもしれない。 トコトコと音をたてて、今乗ってきた電車が寄居方面に去ってゆく。休日だからだろう。朝だというのに、電車がいなくなった駅は人の姿が見えない。都内の駅の雑然とした雰囲気に慣れてしまっているので、異様に静まり返っているように感じる。 線路脇に積み上げられているえんじ色の鋼材を見ながら、両手を上げて伸びをする。なんだか懐かしい。以前は線路脇に、ああいう資材が置かれ、側線には工事車両が停められているものだった。 ![]() 鋼材は、夏は太陽の光を思い切り吸収して、もし卵を落としたら目玉焼きになってしまうだろうというくらいに熱くなる。逆に冬は、触ったらくっついて取れなくなってしまうのではないかというくらい、氷のように冷たい塊となる。その、季節の持つ負の部分を遠慮なく打ち出す様が、好きだった。 改札を抜けて、自動販売機でお茶を買い、歩き出した。今日は玉淀大橋から竿を入れてみようと思っていた。鉢形駅には川側に改札がなく、まずは線路の反対側に渡らなくてはならない。 駅前に商店はない。今でさえ静かなのだから、夜はさらに静まり返っていることだろう。田舎駅にありがちな埃っぽさを感じながら、歩きだした。 ここまで下って来ても、魚影が濃いとは限らない。むしろ都内に近い場所の、ゴミ溜めみたいな小川の方が、釣果がよかったりする。しかしそんなところで滅入った気分のなか魚を釣り上げるより、きれいな景観の中でボウズに終わった方がマシだ。なにも釣果を求めて釣り糸を垂れているわけではない。 この、東上線の終点付近は、荒川に沿っている。荒川と聞いて清流を思い浮かべる者は少ないだろうが、なにも荒川区を流れるだけが荒川ではない。荒川にだって源流があり、上流に行けば行くほど、他の川と同じように水が澄んで河原も自然に包まれる。もっと秩父の方まで上れば立派な清流だろうが、この辺りでも充分自然を堪能できる。 釣果を求めない証拠に、持ち歩く竿は、いつも三メートル弱のものだ。ちょっとでも川幅のあるところでは、深くなっているところまで届かない。のんびり河原を歩いて景観を楽しむ方が目的なのだ。釣りはオマケのようなもので、仕掛けも小さな玉ウキに一号針と、雑魚用のものだ。もしかかったら儲けものとだという程度。 玉淀大橋に着く。駅でやったのと同じように、大きく手を広げて伸びをする。この伸びをするだけでも、来た甲斐があるというものだ。 頭上の道路は国道二五四号で、切れ目なく車が通っている。川の流れる音は繊細だから、大型車が通れば消されてしまう。 仕掛けはあらかじめ作ってあり、ボール紙に巻きつけてある。振り出し竿を伸ばし、先端に仕掛けの糸を巻いて、竿を立てる。ボール紙がパタパタと落ちてきて、三分の二ほどのところで止まる。ウキの部分で絡まったのだ。そこをはずすと、また落ちてきて、竿と同じ長さで止まった。ボール紙に刺してある針をはずし、竿を寝かせる。ウキの位置を変えてタナの調整をし、あとは餌を付ければ釣り始めることができる。 今日はこのまま上流に進み、玉淀河原まで釣り歩く予定だ。しかし風もなく、薄い日差しが心地好い。もっと上流まで行くのも悪くはない。波久礼駅から秩父鉄道に乗って戻ればいいだけのことだ。 寄居から秩父方面への秩父鉄道はローカル線の風情を感じさせてくれる電車だが、切り立った場所を走るため、駅の敷地が狭い。 果たして秩父鉄道、線路脇に鋼材は積まれているだろうか、と思う。 しばらく玉淀大橋をぼんやりと見つめたあと、私はポイントに一投目を放った。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は8月5日(木)です |
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