| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第二十七回 |
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第二十七回(2010.11.15更新)![]() |
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待ち合わせ時間から五分が過ぎ、十分が過ぎる。 ――きっとまただな。 呆れ顔で、時男は携帯電話をチェックする。時間を確認しただけだ。章之はめったに連絡などして来る男ではないので、メールなどさらさら期待していない。 それにしても、いったいあいつは何度乗り過ごしたら気が済むのだろうと、時男は不思議になる。毎週日曜日に、まるっきり同じ場所で待ち合わせているというのに、三回に一回は遅刻してくる。 時男と章之はアコースティックギターのデュオを組んでいて、日曜日は時男の自宅での練習に充てている。練習をしだしてからもう半年になるというのに、章之の乗り過ごしは一向に減らない。これが遠方だったり乗り換えが複雑だったりすれば分からないでもないが、章之の住んでいるのは志木なのだ。下赤塚まで一本で、各駅停車に乗ってさえ二十分弱で着いてしまう。時男が駅に迎えに行き、食べ物を調達しながら戻って練習に入るのをパターンとしているが、こうまで度々だと、家で待ってるから好きな時間に勝手に来てくれと言いたくなる。 ――でも、そんな天然ボケだからあんなスゴ腕なんだろうなぁ……。 時男はそうも思う。毎週毎週一緒にやっているというのに、思わず自分の弾く手を止めて見惚れてしまうほどなのだ。あれが俗に言う天才肌、というものなのだろうか。ピッキングする方の手が不思議な動きで、まるで米を研ぐように、さらさらとかき回すような感じなのだ。しかしそれが、実にクリアな音を弾き出す。ライヴハウスでも客たちの視線は皆章之で、目を丸くしている。悔しいが、もし自分が客だったとしても、章之を見つめてしまうにちがいないと時男は思う。 乗り過ごしの理由もまたすごい。曲を聴いているうちに感動してしまって、その世界に入ってしまうというのだ。気付くととっくに下赤塚を過ぎているらしい。まさに才能豊かな者のやりそうなことだ。章之が言うには、座ると特にダメらしい。じゃあ立ってろよ、と時男は言ったが、志木では始発電車に乗ることが多いので、ガラガラの車内で一人立っているのもバツが悪く、つい座ってしまうという。 時男はもう一度時計を確認して、歩き始める。二十分過ぎてしまったので、地下鉄の方の駅に行ってみることにしたのだ。 下赤塚は、すぐ近くに東京メトロの地下鉄赤塚駅がある。もう、本当にすぐの場所にあるのだ。 この辺りは面白い構造になっていて、東上線に乗り入れている地下鉄が和光市で潜ると、成増、下赤塚と、二駅分、ほぼ沿って走る。以前は営団成増、営団赤塚という駅名だったのだが、営団が東京メトロに変わって、地下鉄成増、地下鉄赤塚と、ちょっと間の抜けた駅名になった。 章之が志木で、東上線か地下鉄かどちらに乗りこんだか分からないが、かなりの時間待たされるときは地下鉄で乗り過ごしている確率が高い。車窓が真っ暗なので、地上を走る東上線よりも大々的に乗り過ごしてしまう。 それにしても、待たされる方としてはたまったものじゃない。天才だろうがなんだろうが、人の時間を無為に使わせないでくれよ、と言いたくなる。だけど強くも言えない。時男自身が章之のギタープレイに惹かれてしまっているからだ。それに怒ったところで、治るものでもないだろう。章之自身が没頭してしまうことを自覚していて、車の運転中は音楽をかけない、とも言っていた。 まったく、自分はひと昔前のお笑いコンビのツッコミだなぁ、と思う。今はけっこうボケとツッコミの両方とも生き残ることが多いが、以前のお笑いコンビはボケとツッコミに実力差があって、ツッコミ役は消えてしまうのが常道だった。章之と組んでいる自分が、どうにもそれと重なってしまう。 また時間を確認する。三十分経っている。相当曲に入り込んでいることだろう。 とんだとばっちりなので、駅にさえ怒りがわいてきてしまう。こんなに近ければ改札を一本にしてくれればいいものを、ヘンに離れているものだから、どっちで待とうか悩んでしまうことになる。時男はひまつぶしも兼ねて、もう一度下赤塚に戻ることにした。 改札手前の踏切で、章之が立っているのが見えた。アコースティックギターを大事そうに体の前に抱え、曲に聴き入っていた。 ――まったく、東上線の方におれがいないなら地下鉄の方に探しに来いよな。 時男は瞬間腹を立てたが、おそらく踏切を渡って章之の前に行ったら、にこやかに声をかけてしまうにちがいないということも分かっていた。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は11月25日(木)です |
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