| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第十九回 |
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第十九回(2010.8.25更新)![]() |
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呑んだ帰りの、この寂しさ……。 酔った体を各駅停車に押し込め、ぼんやり車窓を眺めていると、杜雄はいつも物悲しくなる。 この感情、なんだろう。とっても寂しいというわけではない。ほんのちょっとだけ、まるで袖からすきま風が入って来る程度。淡い愁い、とでも名付けたらいいのか……。 なにがどう寂しいのか、杜雄はよく分からない。いつもこの、終電間際の各駅停車で帰るとき、自分の心を持て余すのだ。 今日も一日つつがなく仕事を済ました。そして好きな酒を、いつもの店で呑んだ。なにも、具体的に心を沈ませるものなど思いつかない一日。でも言いようのない気持ちが、胸の中に小さくポッと点ってしまう。 ドアの横に立った杜雄は、車窓をじっと見つめる。片足に体重をかけて、ドアに寄りかかって。 冬はコートのポケットに手を突っ込むが、今は冬ではないので腕組みをしている。 先ほどから降りだした雨が強さを増し、気持ちがより沈む。窓を伝う雨水が街灯や車のライトを淡く光らせている。杜雄は心の中で、なんだかなぁ、と呟き、小さくため息をつく。 駅を出てはすぐに着き、また出てはすぐに着く。そんな各駅停車の疲れきったような気だるい動きが、やるせない気持ちを増幅させるのだろうか。もっとスピーディーな電車に乗りたいが、各駅停車しか停まらない中板橋に住んでいるのだから仕方ない。 杜雄はスーツのポケットから携帯電話を取り出し、開く。カチッという心地好い感触。しかし待ち受け画面の子供の笑顔が、心地好さを吹き飛ばしてしまう。 今もこんなあどけない笑顔なのだろうか。子供は妻について行ったので、もう二年以上会っていない。 いっそのこと待ち受け画面を変えてしまおうか、と思うが、しかしその踏ん切りがつかない。こういうのを、未練、とでもいうのだろうか。しかしちょっと違うような気もする。未練であれば、画像ホルダーに一枚だけ残してある、三人でそろった画像の方を使っているだろう。では未練じゃなければなんなのか。 分からない……。本当にいろいろなことが、分からないことだらけなのだ。 東上線の鈍行からはモーター音を感じる。どんどん改良されていっている首都圏の通勤電車にあって、東武線は遅れた存在だ。西武線も京王線も、鈍行に乗ってモーター音を感じたことはない。でも、昔を思い起こさせるモーター音は今の自分に合っているなぁと、杜雄は思う。なんとなく、疲れた気分にうまくモーター音が合わさるのだ。 東上線沿線に越したのは、離婚後のことだ。都内に近いところにと、さして考えずに中板橋に決めた。各駅停車しか停まらない駅ということと、モルタルのおんぼろアパートということで、池袋からたった四駅と便のよさのわりに、家賃はまったくたいしたことがない。 酒を呑んで帰るようになったのは、中板橋に住んでからだ。今では三日と空けたことがない。なじみの店ができて、常連たちと気さくにしゃべりながら呑める。それが、独りのねぐらに帰ることとのギャップになって、愁いの元になっているのだろうか。 ―― 考えてみれば、愁いがわき起こって当然の人生じゃないか。 ガラスに伝う雨水でぼやけた住宅地の眺めを見ながら、そう思う。 大山を出て間もなくすると中板橋だ。ポイントを通る電車はガタガタと揺れて、一番線に入ってゆく。この駅は上下線で一つずつホームがあり、急行や準急などに追い抜かれるのだ。 ドアが開いて杜雄は電車から降りる。風も出てきて肌寒い。 階段がすくまで、杜雄は肩をすくめながら待つ。乗ってきた各駅停車も、二番線に電車が通り過ぎるまでじっと待っている。 ―― ま、お互い、のんびり行こうじゃないか。 電車に向かって心の中でそう呟き、杜雄はすいた階段をゆっくりと上がっていった。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は9月5日(日)です |
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