| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第14回 |
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第十四回(2010.7.5更新)![]() |
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しっかり自分のペースを保って走る利弘。しかし駅に近づき、角を曲がったところで人が数人歩いていて、思わずスピードが上がってしまった。 ― いかんいかん。こんなことでペースが乱れるなんて……。 すぐにペースを落とす。人がいると、ついついスピードが上がってしまう。まったく何故だろうと思う。カッコつけなのか、見栄をはっているのか……。だれもジョギングしている中年男になんか注目していないだろうに。 しかしまぁ、ついペースを上げてしまいたくなるほど遅い走りではある。利弘は心の中で苦笑した。 ジョギングを始めて約半年。最近はなんだか体が軽く感じる。いや、実際に体重が減っているので軽くて当然なのだが、それとは別に、体が走るということに慣れてきたようなのだ。ちゃんとペースを守ってさえいれば、以前のようにつらく感じなくなった。ジョギングを始めた頃は、いつ止まろうかとばかり考えていたのだ。 つきのわ駅周辺は走るのに適した環境だ。沿線では終点に近い郊外で、しかも東上線の駅で最も新しく、駅前は原っぱの中にポツポツと新築住宅が建つのみだ。商店街も人込みもない。走っても遠慮しないですむし、気恥ずかしさも感じない。彼は住宅購入後、ジョギングを始めるようになったのだ。 それまでも、走ろうと思ったことは何度もあった。いや何度もどころではない。健康診断が終わると、必ず思っていたのだ。しかし都内のマンション住まいでは、どうもためらってしまう。まず下に降りるまでに、ジョギングの格好でエレベーターに乗るところから恥ずかしさを感じる。それに住宅密集地で、細い道を、人を縫うように走らなくてはならない。車をよけるのもひと苦労だ。そんな諸々を考え、ついためらってしまった。 しかしここはいい。なんといっても気分が楽なのは、同志がたくさんいることだ。駅周辺を、何人もがジョギングしている。もしかしたらその同志たち、自分と同じように、ここに移ってから走るようになったのではないだろうか。利弘は時おりジョギングしている人に、そのことを訊いてみたくなる。 だだっ広い駅前ロータリーを通って、駅の階段を上がってゆく。日が落ちると学生の姿も消え、駅は静まり返る。そんな中、自分の足音がキュッキュッと軽く響くのが心地好い。 二人の子供は、こんなに奥に引っ込むのはイヤだと反対した。利弘も、通勤のたいへんさを考えると諸手を挙げて賛成ではなかった。しかし一戸建てにこだわる妻に押し通され、この駅に住宅を購入したのだ。 でも案外、悪くない。たしかに通勤時間は長くなったが、少なくともジョギングしている間は、ここに移ってホントによかったなぁと思うのだ。子供たちもここでの生活のいい点を見つけていればいいが、と利弘は願う。 ![]() 駅の反対側に降りた利弘は、ロータリーを過ぎると歩き出した。ポケットからハンドタオルを出して汗を拭う。 「えっと……」 紙片を出して、書かれているものをチェックする。利弘のジョギングは買い物も兼ねているのだ。 近所にパッと買い物できる店のないのだけが、妻の悩みだった。週末にまとめて買い物をするものの、急になにか必要になることもある。そんなときは、今までのようにちょっと近所で買ってくるというわけにいかない。 それを補うのが利弘のジョギングだ。頼まれたときは、駅の近くにある唯一の大型スーパーに寄って買い物をするのだ。商店街すらない駅前に、そのスーパーだけが大きく構えていた。そのため走りに行くときはいつも、小銭入れをポケットに忍ばせる。 あまり汗だくで入って行くのも気が引けるので、スーパーに寄るときはロータリーから歩いてクールダウンする。 買い物も兼ねるジョギングは妻からも感謝され、いいこと尽くしに思える。しかし一つ、困ってしまうことがあった。それは、ついでと称して買い物カゴの中にビールを一本放り込んでしまうことだ。せっかく走ってカロリーを消費しても、すぐに補ってしまうことになる。 いけないなぁと思いながらも、今日はどの銘柄にしようかと思案しながら、利弘はスーパーに入っていった。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は7月15日(木)です |
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