| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第十三回 |
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第十三回(2010.6.25更新)![]() |
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携帯電話がポケットの中で暴れだした。マナーモードにしているので音が鳴り響くことはないが、車窓をぼんやり見入っていた翔真は腕をぐいっと引っ張られるように現実に引き戻されてしまった。 体の大きい翔真はその分手足も長い。TJライナーの二人掛けには間に仕切りがなく、彼は隣の客とぶつからないように肘と手首を窮屈そうに折って、ポケットから携帯電話を取り出した。 見なくても分かっていたが、メールはやはり課長からで、訊きたいことがあるからすぐに電話をよこせという内容だった。 翔真は、「まったくもう」と吐き捨てるように言いながら顔を上に向けて大きくため息を吐き出す。 ……というわけにはいかない。なにぶん静かな特急の車内なのだ。そんな感情あらわな行動などできるわけもなく、彼はため息すら吐かなかった。 ― どうせ日報のことかなんかだろ。明日出社したときにでもしてくれりゃいいのに。 帰宅後だろうが休日だろうが、課長は構わず連絡をしてくる。そして折り返しの連絡を要求するのだ。極端な連絡魔。仕事をしていて気になったことがあれば、間髪入れずメールを打ち出す。いきなり電話をかけられるよりマシと言えばマシなのだが、しかし拘束時間外にこうちょくちょくだと、プライベートに土足で上がり込まれているような感じで腹立たしい。 ましてや、今はTJライナーでの帰宅中なのだ。一日にたった数本しかない特急のチケットが買えて、ゆっくり車窓を見ていたというのに……。 このTJライナーの困るところは、座席定員制ということだ。ここが他の私鉄有料特急と大きく違う。指定席ではなく、座席数だけ発売するというものだ。だから発車ぎりぎりに乗り込むと窓側が埋まっているし、へたをすれば仲良しグループが占める一角に座らなければいけなくなってしまう。しかも特急券の効力は一つ目の停車駅であるふじみ野までで、そこからは券が不要なのだ。 今晩翔真は、TJライナーを乗るにあたって完璧だった。券をあらかじめ購入し、ライナー入線のだいぶ前から余裕を持って並べられたので窓側に座れた。電車が出発し、小さな缶ビールを開け、これでゆっくり森林公園まで寛いでいけるはずだった。しかし発車してすぐ、まだ成増を過ぎたところで、そのメールは来てしまった。 ―バカ課長、バカ課長、バカ課長……。 もう穏やかな気分は吹っ飛んでしまった。ビールもちっとも旨くない。車内アナウンスは間もなくふじみ野だと告げている。 降りるしかないな、と翔真はビールを飲み干した。デッキがないというのも、このTJライナーの特徴だ。なにしろこの車両、朝や昼は、座席を横にして一般車両で使うのだ。だから座席は特急のカタチでも、車両にドアはきちんと四つ付いている。 それにたとえデッキがあったとしても、そこで通話している間にふじみ野で乗り込んだ客に席を取られてしまうだろう。特急券を買ってない客が自分の席だったところで寛いでるのを見るくらいなら、降りてしまった方がいい。 ![]() ふじみ野に着いた。翔真は降りて、すぐに電話をする。やはりなんということもない用件で、一分もかからずに終わってしまった。 次の電車にすぐ乗るのもバカバカしいので、一旦改札を降りることにした。 ―へぇ、かなり栄えてるんだな。 特急は停車するが、快速急行が停まらない変則的な駅なので、真新しいだけで何もないところかと思っていたのだ。 賑わう改札前で、左手に持つビールの缶が気恥ずかしくなり、翔真はカバンの中に隠すように入れた。そして、あまりアルコールばかりでは芸がないなと思い、構内にある喫茶店へと入っていった。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は7月5日(月)です |
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