まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>東上線 各駅短編集第七回
第七回(2010.04.25更新)


最初が生ビールで、あとはホッピー。ソトが二本でナカが四杯とお決まりのペースだったので、酔いはほとんどない。ケイイッチは豊島区役所を横目に見たあと、池袋の六叉路を渡った。

堀の内橋で足を止め、下を行き交う山手線をぼんやり見つめた。
なんとなく、いいものだ。緑一色の車両は昭和の雰囲気があったが、今走っている緑ラインの新型車両は味気ない。でも、暗いなかで切通しを走っている電車は新型車両といえども、なぜか昭和の匂いが漂うのだ。

ハンカチを取り出して汗を拭く。アスファルトに篭っている熱気が、ケイイッチに汗を噴き出させる。

 ―こんなに汗をかけば、少しは痩せるかなぁ……。

汗でカッターシャツが張り付くのは気持ちが悪いが、なんだか体から不純物が出ていくようで妙な爽快感もあった。

携帯電話を取り出して山手線を上から写したあと、再び歩き出した。


『ケイイッチの昭和探訪』。それが彼のブログのタイトルで、二日に一度のペースで更新している。大仰なタイトルだが、内容は単に、都内の酒場巡りと鉄道ネタだ。

残業のない日だったので、足を伸ばして池袋の呑み屋を一軒訪れてみた。連れがいるときもあるが、今日は単独行だった。

うしろを振り向く。光に包まれた池袋駅周辺は未来都市の要塞のような眺めだ。もっともこの未来都市というもの、昭和の後期にマンガやSFで育った世代の作り出したイメージだ。実際未来に築かれるだろう都市は、きっと昭和の人間が想像もしなかったカタチになるにちがいない。

ともあれ、ケイイッチは大都会の散策のとき、できるだけ隣駅まで歩く。そうするとこの未来都市が見られるからだ。
虚しくもあり、畏ろしくも映り、きれいだけどよそよそしい。現実感が希薄で、光は熱を出しているはずなのに温かく感じない。それら、いろいろな感情をわき上がらせてくれる、彼にとって刺激的な眺めだ。


明治通りも悪くはないが、彼は折れて小道に入り込む。天下の池袋も、一つ大通りからずれると、実に庶民的な景観だ。

都内の道は曲がったり行き止まりだったり。何度か折れながら、彼はJRの車両基地に出た。そしてそれ伝いに歩く。歩みはゆっくりだが、汗はだらだらと流れてくる。酒浸りで体質が変わったからか、極端に汗かきになった。

なかなか真っ直ぐ進めない道を進んで、北池袋の駅に着く。今夜の目的は、さっき行った池袋の酒場と、この北池袋だ。

 ―ここも、なんかいいなぁ。

近所の人間しか使わない、というより知らないのではないかというような小さな駅。彼はブログ用に携帯電話で何枚か写す。

大都会の隣駅は、どこもちっぽけな駅だ。彼は小田急の南新宿に行ったとき、なんだか妙に昭和的だと感銘を受け、大都会の隣駅に好んで行くようになった。
京急の北品川駅、京王井の頭線の神泉駅、京成の新三河島駅……。西武線こそガッカリさせられたが、それ以外の駅は思ったとおりの規模のものだった。

昭和の人間の描く未来都市は、都市全体が一部のスキなくしっかり整備されている。しかし現実にそういくだろうか。今の大都市がいい例だ。駅前を中心に開発が進み、いくらビルが建ち並んでも、庶民的な一角が必ず残る。周囲が発展して不自然に映るようになったが、しかし郊外と同じように人の暮らしがあるのだ。

大都市の隣の小さな駅はビル群からはじかれ、たいていその庶民的な場所にひっそりと落ちている。だからこそ、それらの駅には昭和の匂いが漂うのかもしれない。


ケイイッチは北池袋駅の改札を通り、階段をくぐってホームに立つ。

彼一人で、あとはだれもいない。腕組みをしながら、流れる汗はそのままに、ポツンと佇む。

踏切が鳴って、遮断機が閉まる。そして間もなく、電車がやって来る。
それは急行で、当然のごとく停まらない。通過する電車の起こした風が、実に気持ちよい。

なんだか、まだ呑み足りない気分。この、繁華街も商店街もない駅は、ケイイッチをなぜかそんな気にさせた。

 ―まずはここから一駅乗って池袋に戻って、それからだな。

彼はJRの車両基地に目を向けながら、ぼんやりと思った。




― 了 ―
次回の更新予定は5月5日(水)です

【駅周辺散策】
■■北池袋■■■

ビルの建ち並ぶ大都会も延々と広がっているわけではなく、ちょっと離れるとアパートや一軒家の並ぶ住宅地になります。それが郊外の住宅地と違うのは密集度で、互いの建物がまるでくっついているかのように建っています。
大都会池袋も同じで、少し歩けば住宅地になります。庭のない一戸建てに、かなりの築年数のアパート。それらがびっしり建ち並び、震災があったら大変だろうなぁと、思わず考えてしまいます。

北池袋駅は、そんな大都会の住宅地にある関係上、まるでパズルの中に「駅」というピースをはめたようにピタリと納まっています。周囲に余分なスペースは一切ありません。
各駅停車がちゃんと停まれるホームが一つあり、乗降人数に見合った小さな改札が一つあります。
線路際は住宅がギリギリまで押し寄せ、改札前はすぐ道で、駅の真横に踏切があります。
都会の小駅は上にはみ出すことも遠慮しているようで、ホームから改札へは地下の階段で繋がっています。
全てがコンパクト。必要最低限の設備があるだけの、なんとも機能的な駅なのです。

でも、人々の生活の場に近いからか、それとも錆びれて古臭いからか、いかにも昭和っぽい、なつかしい感じが漂います。
電車に乗るのではなく、駅そのものを訪れて、発展から取り残されたものに浸ってみたい、という気持ちにさせてくれる場所です。


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