| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第五回 |
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第五回(2010.04.5更新)![]() |
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線路の向こうの上りホームで、駅名表やらポスターやらに携帯電話を向けてる男がいる。目標物を定めると、携帯電話を横にしたり縦にしたり、近寄ったり離れたりとアングルを決めて、カシャッと写しているのだ。ベンチに座っていた和史は思わず文庫本を膝に置き、ジッと見つめてしまう。 首都圏の私鉄は大抵、起点の近くは小さな駅が並ぶ。まるでスペースのない場所に無理やり造ったかのように、ホームは狭く、ロータリーはあってないような駅だ。各駅停車以外はかまわず通過して行ってしまう。 池袋から三つ目の大山駅も、そんな感じの駅だ。ロータリーはまったくなく、ホーム全体が窮屈そうにカーブしている。 そんなせせこましいホームで、男はちょこまかと動き回っていた。お昼時で人が少ないので、イヤでも目立ってしまう。 ―― なんだろあの男。ブロガーかなぁ。 電車が来たが、和史は乗らずに座り続けた。男が連絡階段を上がり始めたからだ。 和史は、東武東上線のサイトを立ち上げている。今日も会社の休みを使って、東上線散策をしていた。そうやってマメに散策していれば、なにか変化があったらサイトを更新できるし、たとえ変化がなくても、サイト内のブログに書くネタを見つけられる。 和史自身がそんなことをやっているので、気になるのだ、駅周辺を嗅ぎ回っている人間が……。 各駅停車しか停まらない駅は、一本見送ると通過電車が続いてかなり待たされる。しかし急ぐ用事があるわけでもない。和史はじっと男が降りてくるのを待った。 下りホームに降り立った男の顔を見る。サイト運営者は何人か面識があるが、知った顔ではない。男はこちらでも、携帯電話でいろいろと撮影している。 男が和史の近くのポスターで立ち止まったのをいいことに、立ち上がって寄っていった。 「あのぅすみません。もしかして東上線のブログでも書いてらっしゃるんですか」 おずおずと声をかける。男は駅名表に掲げた手をそのままに、首だけ横に向けた。 「自分もホームページやってて、駅とかよく撮影しているもので、気になったもので……」 和史が続けて言うと、男はちょっとびっくりしたような表情を浮かべ、和史の方に向いた。 「あぁ、うちでっか。いやこれな、鉄道のホームページではないンですわ」 甲高い声で男が答えた。 「え、そうなんですか。なんかいろいろ駅の中撮ってたから、東上線のホームページでもやってる人かな、と……」 頭を掻きながら和史は言った。とりあえず気さくそうな男の反応にホッとした。東上線に関西弁は違和感があるなぁ、と思いながら……。 「いやぁ、たしかにそう見えてもしゃーないですわなぁ。この撮ったやつ載せまっけど、これな、将棋のホームページ用なんですわ」 「え、将棋、ですか?」 「えぇ。この駅な、昔の大名人の苗字とおんなじ駅名なんですわ。東京に出張で来たもンで、せっかくやからと思いまして」 なるほど、と和史はうなずいた。和史も多少の知識はある。 「それでですかぁ。大山康晴ですよね。名前だけですが知ってます。でも大山名人のゆかりの駅だったら、千駄ヶ谷じゃないですか?」 千駄ヶ谷には将棋会館があるので、総武線のホームには盤と駒のオブジェが付いた水道がある。駒に刻まれている『王将』の文字は、大山名人の書によるものだ。 「お、よくご存知で。実は千駄ヶ谷はさっき行って来たんですわ。でもそこだけじゃありきたりなもんで、ここ来たんです」 シャレてるなぁ、と和史は思った。ブロガーはそうじゃなきゃいけない、というもんだ。 それにしても、サイトを運営している関係上、大山には何度も来たが、この駅名を苗字で考えたことはなかった。もしかしたら空手関係やドラえもん関係の人間も撮影しに来ているかもしれない。そう考えて和史はクスッと笑ってしまった。 「あ、可笑しいでっか。自分でも意味分からんことよぅやるわ、思うてましてん」 「いえいえ、そんなことないですよ。今度ブログを拝見しますので」 「あ、じゃあこれで検索してくださいまっか」 男は和史に名刺を差し出した。 「ところで、せっかくでっから教えてくれますか」 「え、なんでしょう?」 「ここって、伊勢崎線っちゅうのと繋がってないんやろか。あれも東武でっしゃろ?」 「あぁ、そうなんですけど、でも繋がってないんですよ。すみません」 東上線を身内のように感じている和史は、思わず謝ってしまう。しかし、たしかに二大巨頭の路線がどこも繋がってないというのは、他の地域の人からすると不思議にちがいない。 「どう行ったら一番近いんやろか?」 和史は懇切丁寧に説明する。その間に、各駅停車が二本過ぎ去った。 「ホンマ助かりましたわ。これから『羽生』っちゅう駅に行こ思いまして」 和史は再び、なるほどと思った。読み方は違えど、現在の将棋の第一人者も東武線の駅名にあるとは! しかしネタを一つ取られたようで、ちょっと悔しくもあった。 「じゃ、行ってみますわ」 男はそう言って、連絡階段を上りホームへと渡っていった。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は4月15日(木)です |
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