まつやま書房TOPページWeb連載TOPページ>東上線 各駅短編集第四回
第四回(2010.03.25更新)

「あなた、浮気してるんじゃなくって?」

妻が、正面から尋ねてくる。あまりに突然のことに私は訳が分からず、口をポカンと開けて妻の顔を見つめた。

「ほらぁ、やっぱり」

私の唖然とした表情を見て、図星だとばかりに妻が頷く。

やっぱり? いきなりとんでもないこと訊かれりゃ唖然とするのも当たり前だろう。むしろ身に覚えのあるヤツこそ、パッと自然な態度を取れるってものだ。定年間近のカタブツを捕まえて、冗談にも程がある!

それに加えて、さぐりも遠慮もない妻の物言いにあきれ果てた。
元々ストレートにモノゴトを言ってくる性質なのだが、しかし「浮気してるか?」はないだろう。そんなこと訊かれて「はい」と素直に答える男がいたら拝みたいものだ。

「いきなりなに訊いてくるんだ。ビックリさせるなよ」

私は顔をしかめて言い返す。いったいなんの根拠があって……。

「あなた、最近日曜となると出掛けて行くじゃないの」

あぁなるほど、と、私はようやく合点がいった。しかし同時に怒りが込み上げてくる。

「出掛けるって、まるで自ら進んで行くみたいに……。あれはお前に邪魔にされたから仕方なく出てくんじゃないか」

「だってゴロゴロしてられると、ホントに掃除の邪魔なんですわよ。仕方なくなんてヒト聞きの悪いこと言わないで。まるでこっちが追い出してるみたいじゃないのよ。それはいいとしても、最近のあなた、なんだか喜んで出掛けて行くじゃないの」

実際追い出されてるんだよ、と心の中で思いながらもしかめっ面で黙り込む。反論したって倍返ってくるだけなのだ。
しかしまったく余計なとこはよく見てるもんだ。たしかに妻の言うとおり、ウキウキしながら出て行っていることは間違いない。

「また黙り込んでぇ。いったいどこに出掛けてるのよ」

「え、いやぁ、それは……」

「ほら、言えないところじゃないのよ」

それからしばらく押し問答が続いた。いやいや、正確には押し問答ではない。私にとってはまるで尋問を受けているような、一方的なものだったからだ。




二ヶ月ほど前の休日、私はいつものように掃除機で追い飛ばされていたのだが、その日は何故だか腹が立ち、ちょっと出てくると荒々しく言って家を出た。

喫茶店に入る気が起きなかったので、電車にでも乗って時間をつぶすかと駅へ向かった。
パッと出てきてしまったので定期券を持ってなく、切符を買った。定期の区間を乗るのもバカらしいので、池袋とは反対方面の電車に乗り込んだ。毎日揺られている同じ東上線だが、下り電車の車窓は新鮮で、私はなんだか解放的な気分になった。

終点の小川町で、もう一歩踏み出してみようと、停まっていた四両編成に乗り込んだ。そして、一つ目の東武竹沢という駅で降りた。

電車が去ってゆくと、静けさが残った。ポカポカ陽気の中、聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけ。私は瞬時にこの場所が気に入ってしまった。

駅を降りて反対側にまわると、周辺の案内表示板があった。そこには、たくさんの神社仏閣が載っている。駅の近くにもあり、私はせっかくだからと、いくつか訪れてみた。

それ以降、私は、追い出されたついでに東武竹沢に行くのが習慣になってしまった。




うるさい妻に耐えかねて、私は自分の部屋からアルバムを持ってきた。携帯電話で撮った、東武竹沢周辺のさまざまな風景だ。
せっかく自分だけの小さな宝物だったのに、なにか証拠を見せないと嵐が過ぎ去ってくれそうにないのだから、致し方ない。

アルバムには、パソコンに落としてプリントアウトした画像が並ぶ。
国道から最も近い「安照寺」はちょっと新築っぽいきれいな造りで、屋根の下に付く小さな鐘が印象的だ。「慈恩禅寺」は急な石段を登らなくてはならないが、その分見晴らしがよい。「三光神社」は小さいながらも古びた佇まいで、ずっと昔から村人たちを見守っているような風情がある。

それらの点在する田舎道が、またすばらしい。用水路の水の音と鳥の鳴き声が耳に優しく、周囲の緑が目に優しい。
買ってきたおにぎりは、途中にある木部区民会館の裏の、木々の中で食べる。冷たく味気ないコンビニのおにぎりを、その場所は絶品の料理に変えてくれる。

駅の反対側にも、ちょっと坂を上がると熊野神社があり、駅周辺に散策場所は尽きないのだ。



てっきり、アルバムに一瞥をくれて、こんなことやってたのと呆れ顔を向けられると思っていた。しかし妻はアルバムを捲りながら、「あら、きれい」とか「いいじゃないの」とか、予想を大きく裏切る言葉を呟いてる。私は妙に照れてしまう。

そしてひょいと顔を上げたと思ったら、

「ねえ、来週は一緒に連れてってよ」

と私に言う。これまた、唖然として口がポカンと開いてしまった。


三光神社の先にある天王沼は、まだ行ったことがなかった。来週辺り行ってみるかな、と私は妻の顔を見ながら思ったのだった。

― 了 ―
次回の更新予定は4月5日(月)です

【駅周辺散策】
■■東武竹沢■■■

長い距離を走る私鉄路線の中には、起点の駅から直接行けない、または行きづらい、ローカルな区間があります。
西武池袋線では飯能から先。そして東上線では、小川町から先です。

東上線の小川町から先は、乗換えが必要となります。そして電車は、四両編成の単線となって、グッとローカル色が強まるのです。

乗り換えて一つ目の、東武竹沢駅。都内からさして遠くないのに、ここではローカル線の小駅の風情が味わえます。

改札は片側だけ。その大きなロータリーと周辺には、お店が一軒もありません。見えるのは近くに小山と、遠くに稜線。

ホームの下をくぐって反対側に行くと、ロータリーはなくて道が平行して通っているだけ。道の向こうが山なので、絶えず日当たりが悪くなっています。
道沿いにはよろず屋さんと床屋さん。そしてお地蔵さんが小さなお堂に入って、駅をじっと見つめています。


「ちょっと時が止まったようなところに行きたいけど、一日丸々取れないし……」
そんな方に、最適の駅かもしれません。電車の本数もそこそこありますし、半日で充分、都内から往復できます。



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