| まつやま書房TOPページ>Web連載TOPページ>東上線 各駅短編集第三回 |
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第三回(2010.03.15更新)![]() |
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川越を出た電車は、あまり速度を上げずに進む。西武新宿線を跨ぎ、JR川越線と離れたところで、川越市に着いた。 この駅止まりの電車なので、利之はドアが開いてから立ち上がり、ゆっくりとホームに降りた。次の小川町行きを待つ客が立っている中、それを縫うように階段に向かった。 跨線橋を渡って改札を出て、川越方面に戻るように歩く。そして、駅のすぐそばにある大踏切を渡る。 ここは運が悪いと、かなり待たされる。ただでさえ本数が多い東上線なのに、駅の近くでしっかりと減速する。そのうえ川越線の踏切がくっ付いてしまっている。通るたびに、よく車の立ち往生で事故が起きないものだと思っていた。 空は晴れ渡っている。踏切横のガスタンクの薄緑も、陽を受けて映える。大きく描かれた「小江戸・川越」の文字と蔵の絵も、くっきりと見える。 懐かしさがこみ上げる。ここを頻繁に通っていたとき、利之はかなりつらい時期だったのだが、時が経つとつらい記憶も懐かしさに変わってしまう。十五年ほど前のいっとき、利之は毎日のようにここを通っていた。いやでも目に入る大きなガスタンクで、その頃のことを思い出したのだ。その頃、ガスタンクに絵は描かれていなかった。 川越線の踏切を右に折れ、ガス会社の社員用の踏切を右に見ながら進む。左側は中学校で、ごく普通の住宅地の風景。こののんびりとした雰囲気が、当時はつらかった。 あの頃、利之はちょっとのことで腹を立てていた。踏切に待たされると怒り、遠い道のりに汗をかいては怒り……。もちろん、それは腹の中だけのことで、見た目は無表情を装っていた。 交差点を渡って少し進むと、田圃の中を進むことになる。道幅は車一台が通れる程度。車を避けるために砂利道に降りるのでさえ腹を立てていた。 ここは、川越のハローワークへと向かう道だ。その頃利之は、いきなり無職となった。そして職探しに通っていた。ここは、足取り重く、肩を落としながら歩く者が行き交う。十五年前、利之もそうやって歩く一人だった。 家のローン、妻、子供……。ちょっとでも動けば汗が流れる季節のことで、本当に足が、鉛のように重かった。 交差点を渡って道が広くなり、さらに大通りを渡ってもっと広くなる。そして田圃の中に聳え立つハローワークが、しっかりと見えるようになる。 今日は、ハローワークに行くわけではない。その建物の三階にある法務局に行くのだ。住宅ローンを完済したので、抵当権の抹消登記をするためだ。 一面の田圃は、当時、やるせない思いを大きくさせるだけのものだった。しかし今日は、だだっ広さが空の青さと相まって、なんとも心地好い。自分を取り巻く状況の違いだけで、こうも気持ちに差を付けるものなのか。道の横を流れる用水路も、見ていて気持ちがいい。 利之は軽い足取りで歩いていく。今日もどうせいい仕事なんか見つからないだろう、とため息をつきながら歩いた十五年前とは、まったく別人のように。 考えてみれば、よくこの日を迎えられたものだ。仕事が見つかり、安定した生活を取り戻し、住宅ローンを一括返済できてしまった。抵当権の抹消くらいなら簡単にできますよと行員に教えられ、あの建物に行ってみようと思ったのだ。 建物のちょっと手前で立ち止まり、バッグからペットボトルを出した。 「ホント、わが町って、こんなに緑豊かなんだよなぁ」 田圃をぐるりと見回しながら、利之はお茶を飲んだ。そして建物に向かって歩き出した。 |
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| ― 了 ― 次回の更新予定は3月25日(木)です |
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