抒情的生涯学習論
須藤澄夫 著
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本書の目次*青文字の表題を“ちょっと見!”できます。 
 序という抒情
第1章 生涯教育・生涯学習に関する言説小史
 ・ はじめに
 1. 賢者の言説
 2. 組織化のみえる言説
 3. イギリスにおける芽生え
 4. アメリカにおける高揚
 5. ラングランの時代
 6. パリから東京までの間
 7. 小畑勇二郎という実践者
 ・ むすびに
 資料 生涯における学習時間・労働時間・自由時間

第2章 断章
T 生涯学習の栞
 1. 四六答申は時代の先取り
 2. つまるところ一人一人が茶を嗜むことにこそ
 3. 選ばれる側の自覚が
 4. ユーゴをその発生地としている
 5. 決して学校教育で養われたものではないことも
 6. 健康とは
 7. 国民相互の間において行われる
       自主的な自己教育活動
 8. よりいっそう自分自身になるという意味での存在
 9. こういう分野の問題を本当に理解するためには
 10. 市民が信頼しているものは学校
11. 〈社会教育主事〉という名の怪物
12. 人間経験のより深い目的や価値にゆきつく問題
13. カネとヒマと学習意欲のある方はどうぞ御自由に
14. 成人期はそれに比べると貧しい
15. 持つ様式とある様式
16. 他人の標準が
17. ルーズな団体
18. あなたは世界で最もキケンな動物を見ています

U 滝ノ入通信抄
1. 武者小路実篤
2. 病床にあっても
3. 地域文化格差
4. よく泣く赤ちゃん歓迎します
5. 生涯学習は歌って踊る?
6.“ フォーラム”“パネル・ディスカッション”
             “シンポジウム”
7. 寝たきりの人でも
8. 図書館について
9. 図書館には本がある
10. 小西正継さんのこと
11. 東京オリンピック女子選手村
12. ハングライダー
13. スポーツ功罪
14. 日本的スポーツ環境批判
15. 参加する意義

第3章 書くということの学び
1. 与えられた条件の下で
2. 300枚で1冊の本
3. マナーを守る
4. 書いてみる
5. 発表して感じ合う
6. 言霊と言の葉
7. 文章の大事
8. 知らせるべきこと
9. 元気ならマル
10.孫も読まない
11.淡々と濃厚の葛藤
12.自分のことばを探す
13.自分のことばを持った二人
14.長い一文,短い一文
15.スタイルの工夫
16.量をかせげるパワー
17.辞書は傍に
18.自律したことばづかい
19.土台ができたら柱を建てる
20.ラフスケッチをする
21.自伝を読む
22.推敲と遂行
23.自分史の歴史と意義
24.他人史のすすめ
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序という抒情

 短期大学の学生のためのテキストをつくろうとしたら,「読んで楽しいものにしましょう」という編集者のアドバイスがあった。もとよりアカデミズムとは無縁の者だからうれしい提案であった。かんたんなことをわざと難しく定義してそれをまた絵解きするという手法も高度な技術だと思うが,当方にその才能はない。客観的だ科学的だと言ってみてもしょせんことばは“言の葉”で“事の端”しか伝えることができない。諦観ではない。戒めである。
 ならばと,抒情としての小論を編もうと考えたのである。しかし読んで楽しいとは難しいことである。楽しい要素は表現だけでおぎなえることではない。内容が楽しいものになっていなければならない。それであちらこちらの文章をはぎとって貼り付ける仕儀となった。不自然なさまを嘲弄するのに取って付けたようなという言い方があるが,本書はまさしくパソコン内の文章を取って付けたのである。
 目次の順に,各かたまりについてふれておきたい。

 第1章「生涯教育・生涯学習に関する言説小史」は職場の紀要に掲載させてもらったものに少しく手に入れたものである。P.ラングラン,四六答申,臨教審答申というきれいなラインとは別な角度から生涯教育や生涯学習ということばと向き合いたいという思いから書いたものである。紙葉の都合で各パーツについて深く書くことはできなかったし,「小」の字を付けたにしても「史」の字をもちいてはならない代物と頭を低くしている。
 そのようななかでではあるが,英国の1919年レポートや秋田県知事だった小畑勇二郎の業績など,再評価に価するものにふれることができたのは喜びである。
 私の生涯学習論は,“「時」と「場」と「人」の解放”である。学びの時は人生初期だけに限定されるものではない。学びの場は学校だけに限定されるものではない。学びの人は学生だけに限定されるものではない。究極は「いつでも,どこでも,だれでも」となり,やり直しのきく社会をつくることである。
 学びのための基盤整備をどのように構築していくかは今後の大きな課題である。その課題に取り組むのは社会の重要な部分を担っている中央政府や地方政府において教育行政にたずさわる人たちの責任である。
 そのとき注意しなければならないことがある。生涯学習というマスター・コンセプトは永遠なるものとして,それを支える両論である学校教育と社会教育のじっさいの場に正対して答えを導きだすことである。
 教育(学習と言ってもよい)は目の前の課題と将来の課題とに対応することが求められている。学習者の知っていることと知らないことを分けることが必要だ。要求課題ばかりに甘く対応して目の前の大事と将来の大事をみのがしては禍根をのこす。必要課題を示して学習者に自己にかなう学習方法を選択させる厳しさを忘却してはならない。
 端的に言えば,私は社会教育ルネッサンスを望んでいる。このところの,社会教育は青年になにをしてやっただろう。中年の失業者にどのような対応をしてやっただろう。子育てに困惑する女性にいかなる環境を提供できただろう。
 いや,やってきたのである。それなりの努力はしてきたのである。今後もっと努力を傾ければ社会教育の評価は一層上がるであろう。ロマン・ロマンが『ベートーヴェンの生涯』で教えるが,聾の疾病におびやかされていたベートーヴェンでさえ「僕の芸術は貧しい人々に最もよく役立たねばならぬ」と書きのこしているのである。生活者の日々をベートーヴェンより知っている社会教育関係者は困っている人々のために役だたなければならないと思う。

 第2章「断章」“T 生涯学習の栞”は現在の国立教育政策研究所社会教育実践研究センターが社会教育研修所と言っていた頃,社会教育主事講習でしゃべらせてもらったときの資料である。そのときは「サッと見・発見伝」,そんな諧謔のタイトルにしたのだったと記憶する。これが他でも案外うけいれられたので,一,二度改訂してコミュニケーションの材料にもちいた。書物に入れようと考えたこともなかったので,著者名,書名,出版社までは記したが発行年や頁までは気がまわらなかった。今回も該当書にあたる余裕がなかった。

 第2章「断章」“U 滝ノ入通信抄”は私の個人通信のなかから抜粋したものである。1986(昭和61)年8月から1995(平成7)年正月までの10年にわたって県内外の知友に「滝ノ入通信」と称するものを送付していた。10年間で126号をかぞえる。そこから20編弱をえらんだ。
 あらためて読んで気がついたのだが,ここには生涯スポーツに関係すると言ってよいものが入っている。これは私自身にとって収穫だった。
 第3章のタイトルにしている“書くということの学び”ということに関係するのだが,滝ノ入通信を廃刊するきっかけになったのは“東北の良心”だった。
 平成7年10月30日と31日,NHKTVch.3で「つづり方の中の東北」を観た。30日は「とうちゃんは出かせぎに行った」,31日は「おんなの思い書いでみるべか」だった。東北にはまだ“つづり方”が実生活のなかにのこっていたのかと驚きつつ,平成4年に秋田へ行った折,ホテルの一室でむのたけじ氏に話を聞かせていただいたことどもを想起しながら感慨にふけっていた。
 しかし,私はすぐに感慨にふけっている場合ではないことに気がつかなければならなかった。たどたどしさがのこるような年輩女性の文章の良心が,私をこてんぱあにしたのだった。おまえなんかのこむつかしい文字をならべたものはなんだ,これじゃ話が行ったり来たりしないぞ,そう言われているような気がした。
 前述の秋田行のなかで私は,東北人は東北人というだけで詩人である,という言の葉を生みだしていたが,TVの前で“つづり方”は東北の良心だと思った。私は恥ずかしくなって,つぎの正月,年賀状のなかに廃刊の通知をはさんだ。
 拙い一個の人間がうけた特殊な衝撃を一般論におきかえるのは不遜のそしりを免れないだろう。それでも敢えて試みるならば,戦後の教育は,結局のところ,工業化に対応することばは教えてきたが,人間に対応することばは教えてこなかったのではないか−。私自身も教室で“新しい子どもたち”に教えてきたのだが,人間に通じることばで正対してきたかという疑問がのこる。
 このようなこともあって私は,成果主義のはびこる今日,プロセスの発見“find the process policy”をとなえている。プロセスに仁が加わる改革が必要なのだ。

 第3章「書くということの学び」は『働きざかりは生きがいづくり』iに所収されている「300枚書く方法」を改めたものである。例示等を手直しするだけでとはじめたのだが,終局それだけではおさまらなかった。別なものになったと言ってよい。
 新しく自分史のことを加えるとともに,他人史なるものの考えを示した。タイトルを「300枚書く方法」から「書くということの学び」に変更したのは技術論から学び論へ重心を移したからである。読んで楽しいものにするため,うるさいカッコや注のある文章にしたくなかったが,読者にあとで調べてもらう手間と読みやすさとを天秤にかけると判断がむずかしかった。
 抒情はつきないがお世話になった方々にお礼を申し上げたい。秋田県田代町教育委員会の丸岡様,埼玉県教育局の諸兄,上野の森の社会教育実践研究センターの加藤専門調査員,畏友山本豊実氏をはじめ多くの方々に貴重な写真や資料を寄せていただいた。どの方も私などより数倍多端な日々をすごしているのに,気持ちよくご指導ご協力をしてくださったことに心からありがとうございますのことばを刻んでおきたい。
 また,こんかいは新たな道をきりひらこうとする若い編集者のアドバイスを得ながら仕事ができたのも喜びであった。

     山と川と雪が美しい別荘で識す。
  2004(平成16)年3月 

※i『働きざかりは生きがいづくり』共著、まつやま書房、1997


3.イギリスにおける芽生え

 創造的な発想が突如わきあがることはない。インスピレーションもその9割は努力である※10という西洋の諺がそれを物語る。生涯教育という概念もラングランが突如思いついたのではない。彼のちかくには上司アセル・ドレオンがいて助言があった。このことは後述する。(「5.ラングランの時代」参照)  
 ここでは少し遠望をきかせて歴史的に眺めてみたい。組織的ということで生涯教育という山脈に連なるひとつの山はイギリスの「1919年レポート」である。第一次世界大戦の混乱の中,イギリスは再建省(Ministry of Reconstruction)を設置し,下部組織に成人教育委員会(Adult Education Committee)を置いた。成人教育委員会は首相ロイド・ジョージ(Prime Minister David Lloyd George)を議長に1917年に発足し,1919(大正8)年に最終報告(Final Report)を出した。それはイギリス人の決意が感じられるもので,つぎのように記されいる。

 成人教育はつぎのように結論づけることができるであろう。成人教育はあちらこちらの特に優れたわずかな人のための楽しみとか,人生初期の短い期間だけに関係したものと考えられるべきものではなく,国家にとって永続的に必要不可欠なものであり,市民権の一部として不可分のものであることから,すべての人々と一生涯,その両方に施されるべきでものである。

 注目すべきは「すべての人々」と「一生涯」その両方と明言されていることである(And therefore should be both universal and lifelong.※11)。
 市民権(citizenship)の見地からも不可分であるとは,さすがにJ.ロックを生んだ国らしい説明と言えよう。


 経済学者として知られるミル(John Stuart Mill)の自伝(1873年刊)は興味ぶかい。社交界にあらわれる上流階級の人たちの例を挙げながら,知識豊かそうな人たちも人生初期に受けた教育だけでは能力に劣化減少が見られると伝えている※12。これはいっけん個人的な学び論のようにうけとられなくもないが,「だれでも」「いつでも」たゆまぬ学びが必要であることが根底に流れているところに現代的生涯教育論とリンクする部分がある。
 イングランド中部,ノッティンガムにはロバート・ピアーズ(Robert Peers,1888-1972)がいた。イギリスは成人教育の分野において常に先進的であろうとした。わが国の文部省も昭和11年にピアーズ著『英国ノッティンガム大学に於ける成人教育十五年』を編んだことがある。
 1922年にノッティンガム大学に成人教育学部が設立されたのは彼の尽力による※13。彼は,教育とは適応の過程であると主張した。人間自身が変化の一端を担っているから適応の過程は途絶えることがない。つまり教育は,子ども時代や青年時代にいちど経験すれば完成するというようなものでは断じてないと言っている。
 しかしわが国において,人生初期にいちど経験すれば教育は完成し人間の一生の価値をきめるものであるという主張は,潜在的なものも含めればまだ主流思想ではないだろうか。教育基本法において教育の目的は人格の完成をめざすものとしているが,それは生涯学びつづけても到達できえない高邁な理想である。このことを誇りとするならば,筆者の生涯学習論の授業で学生の一人が投げかけてきた,生涯学習がいつでも・どこでも・だれでもの精神ならば,国立大学はなぜもっと夜間の授業をふやさないのでしょうかという素朴な質問に教育行政サイドはどのように回答するのであろうか。予算がないといった通常の返答で学生を納得させられるとは思われないし,何よりも国の理想は守れない。

 きっと学生は第二の質問をするであろう。人生初期のいわゆる受験勉強の出来不出来で教育は完成し人間の一生の価値もきまると考えているからこそ,真の生涯教育構想が出てこないのではないのですか,と。第二の回答は推測しないことにして,このような国において人間の存在そのものを問う教養文化が花開くのには忍耐がいる。そこにわが国の生涯教育に関する課題のひとつが見える。


 教育は生涯を通じて必要であるという主張は,第二次大戦後になるとより明確になる。イギリスの伝統的中学校の教師を経てマンチェスターの教育長などを務めたレスター・スミス(Lester Smith)は,1957年発行の著書で

教育のスパンについては個人個人による意見のちがいがあろう。が,われわれの公にされた政策については,疑う余地がない。教育はライフロング・プロセス(生涯を通じて行なわれる過程)だ,われわれは国としてこうみることにしたのである。※14
 
 と公にされた政策の大事を強調している。
 
 これはどのような意味かと言うと,1944年の教育法制定について言っているのである。イギリスの学校は周知のごとく民間の力で保たれてきた。12世紀設立のオックスフォード大学,13世紀設立のケンブリッジ大学やそこに連結するパブリック・スクール(public school)は民間,つまり私立である。パブリックという単語は日本では「公の」と訳されることが多いので,パブリック・スクールと言うと公立と思いがちだが,パブリック(public)の原義は「人民」である。
 そのような背景もあってか,イギリスにはながく文部省に相当する国の機関がなかった。20世紀になってそれに類する組織ができたが,他の省庁と比べると力は弱かった。ところが,第二次大戦のさなかイギリスは将来に向かって教育法を組み立てる検討を行った。そして,教育法(Education Act of 1944)を制定した。これによってそれまでの教育委員会(Board of Education)が文部省(Ministry of Education)に変わったのだが,その法律第7条で「法令に定める公教育の制度は,初等教育,中等教育,および継続教育という順序の3段階に組織される」と教育制度の段階を示し,地方教育当局は,「これらの段階の教育を効果的に提供して当該地方の住民の精神的,道徳的,知的および身体的な発展に寄与する」と目的を明言した。これらの文言をもって,スミスは,教育はライフロング・プロセス:生涯を通じて行なわれる過程と公にされたのだとやや興奮気味に述べているのである。

※10 Ninety per cent of inspiration is perspiration
※11 『ADULT EDUCATION COMMITTEE・FAINAL REPORT』
    MINISTRY OF ECONSTRUCTION,1919(明治8)年、p5
※12 ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)著、
    朱牟田夏雄訳『ミル自伝』岩波書店。1960(昭和35年)、p228
※13 “Robert Peers(1888-1972):He was appointed Director of Adult Education at the Universal College of Nottingham in 1920. He established the first University Department of Adult Education and was appointed to the newly created Chair in 1922.”(http://mss.library.nottingham.ac.uk/isad/pe.html)平成15年8月11日現在。
※14 W. O. レスター・スミス著・周郷博訳『教育入門』岩波書店
  1958(昭和33)年,p.23。(“EDUCATUION” An Introduction Survey, by W.O. Lester Smith 1957)

12.ハングライダー

 ハングライダーをやってみたいという。五十スウサイ。正確な年齢は知らない。地方公務員。本人はチホー公務員といってはばからない。周囲を煙にまいて楽しんでいる。愛煙家であるゆえんだ。
 もともと教職にあった人だ。校長先生を経て現在の職にあるから,再び学校へ戻ることが考えられる。
 幸せだと思う。本人のことを言っているのではない。その学校の,やる気のある先生方は,と言いたいのである。やる気のない先生はどこにあってもどんな校長先生に巡り会っても同じだ。
 若い先生同士が絵の話をする。特別な内容ではない。ワイエスの絵が秩父の某美術館にある。新進の誰某の絵は新しい視点だ。そんな話題で他愛ない。そこで,校長先生と視線が合う。
 またある時は,俳句をやる先生もいて,いつのまにか話に熱が入る。そこで,校長先生と視線が合う。
 こんな時,校長先生はどんな反応を示すだろう。オソラク,多くは,おれは旧い人間だからゲージュツのことはわからねえ,であり,おれはむずかしいことはわからねえ,だ。ときには,無趣味でねえ,とうそぶく。意欲も向上心も捨て去っている自分に気がつかない。
 絵だ俳句だなどど,生意気はいうがろくに教育はできやしない。趣味なんてものは女か閑人がするもの,なんていうニュアンスがこもってないこともない。こういう校長センセーの応答に,フツーの先生方はげんなりとする。二度とゲージュツなどの話は職員室でしなくなる。
 それでどんな結果になるか。その学校の先生方のやる気は失せ,学校全体の魅力は低下する。組織の機能がうまく働かなくなるのは当然だろう。もし,それでも組織がうまくいくなら,それは先生方の一人一人の能力が非常に高いか,ずばぬけた忍耐力をもっているかである。
 校長センセーとはいってみても,今の世の中,秀でた見識云々という褒め言葉はあまりあたらない。何かの折にのたまうのは,どこかで聞きかじった教育論。自分の経験にそくしていう場合は,保身みえみえのリーダー論。どうしようもない不勉強さが目立つ。というより,勉強も経験もしているのだが,いい勉強,いい経験(この「いい」は,読者も首をひねるだろうが)をしていないといったほうが適切かもしれない。
 くだんのごとき校長センセーとハングライダーをやってみようという校長先生とは比べるまでもない。泥と雲の差がある。そこから影響を受ける先生方の意欲や向上心も,雲泥の差が生じる可能性はふくらんでしまう。
 だから,幸せだというのだ。ハングライダーをやってみたいという人の教示を受けられる人は。
 結果的にハングライダーをやるやらないは問題ではない。未知の世界をのぞいてみようという探求心,そういう気持ちに自分自身をさせることが先生方を励ますことになる。(もっとも,そんな計算をふんでいたのでは,人の心を動かすことはできないだろうから,むずかしい)
 未知の世界を探求する心は,暗部に光をあてる心である。暗部に光をあてる心は,正しいものを正しいとみなす心である。勇気である。ちょっとうがちすぎだろうか。
 とまれ,ふだん,そういうことをうちやっておいて,お上からの研究委嘱要請があった時だけ,先生方のやる気を鼓舞させようとするのは,いかにも心貧しくないか。
(『滝ノ入通信』第67号,1991年3月16日付け)


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