| 赤田喜美夫 著作 | |||
| 〈著者略歴〉 1930年、埼玉県飯能市に生まれる。石川信夫に師事、「日本歌人」同人。長期療養中、歌誌「むらやま」を編集。宇宙風短歌会創立に参画、会務・編集に従事。職歴 小学校、図書館、公民館、市役所など 著者 歌集「榛野」(埼玉文芸賞受賞)、歌集「谷の空」 「ふるさとの写真集 明治大正昭和・飯能」 |
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| 書籍名 | ジャンル | 価格 | ISBN |
| ぼくの軍国少年記 | 定価1835円(1794円+税) | 4-944003-76-5 | |
| ◆戦争になるとは何か、軍国少年ありのままの記 | |||
| あかね会出版編集委員会 著作 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 昭和50年代から東松山市立唐子小学校PTAの読書部として、親子読書など読書活動をおこなう。 昭和55年から地域の自然や文化、生活の知恵を調べ、子ども達に伝えるよう、毎年一冊絵本を作成してきた。(現在PTA読書部はなく、あかね会で引き継いでいる。) いまでも絵本作りを鋭利おこなっており、現在、打木村治作品「天の園」を小学生に読み聞かせる活動もおこなっている。 |
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| 荒川流域ネットワーク実行委員会 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
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| 飯塚比呂志 著作 | |||||||||||||||
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| 五十嵐和子 著作 | |||||||||||||||
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| 石川道彦 著作 | |||||||||||||||
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明治39年埼玉県北葛飾郡庄和町に生まれる。県立粕壁中学校(春日部高校)卒業後、早稲田大学に学ぶ。中退後労働運動、治安維持法違反により弾圧を受ける。後、大阪にて2年間鉄工所職工。後、東京市役所(都庁)に入所。 昭和14年満州国北安省通北県第6次埼玉村開拓団に入植。15年10月満州開拓青年義勇隊訓練本部に入所。 引き揚げ後日本電建(株)に入社。日本電建労働組合北関東地方連絡協議会議長。定年後庄和町議会議員一期。 ・昭和45年12月大宅社-東京マスコミ塾第8期終了。 ・昭和46年4月、第4回現代評論社賞をノンフィクションルポ「満州開拓団苦闘記」にて入賞。審査委員、長州一二、日高六郎、高橋和己、青地晨。「現代の眼」昭和46年四月号掲載。 ・昭和52年4月「関八州の亡霊たち」(崙書房刊) |
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| 岩崎邦一 著作 | |||||||||||||||
| 著者略歴 ・大正2年8月 武州松山本町に生まれる。・昭和元年 松山尋常高等小学校卒業・昭和4年3月 熊谷商業卒業・昭和6年4月 所沢町手品屋魚商修行 昭和16年7月 大東亜戦争による応召出征・昭和21年6月 復員帰国(和歌山県田辺港に)・昭和34年8月 セルフサービスの店スタート ・昭和56年4月 埼玉県スーパーマーケット協会会長・昭和57年4月 関東甲信越スーパーマーケット協会連合会会長・昭和57年4月 社団法人全国スーパーマーケット協会副理事長・平成2年4月 株式会社マミーマート取締相談役・平成3年3月 東松山市体育協会副会長 |
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| 打木村治 著作 | |||||||||||||||
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| 内田博 撮影 | |||||||||||||||
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| 内野勝裕 著作 | |||||||||||||||
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| 榎本了 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
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1923年7月27日埼玉県大宮市(現さいたま市)に生まれ東松山市で成長する。埼玉県立松山中学校・二松学舎専門学校・日本大学法文学部文科卒業。 埼玉県立小川女子高等学校。埼玉県立小川高等学校。埼玉県立松山女子高等学校・埼玉県立鴻巣女子高等学校教諭。埼玉県高等学校国語科教育研究会副会長。文学散歩友の会・埼玉詩話会会員。作家群・朱樓同人。さいたま豆本の会主宰。 〈著書〉 「埼玉文学散歩」(1964)「武蔵野にて」(1972)「掌篇埼玉文学散歩・比企野」「榎本了文学散歩詩集」(1975)「掌篇埼玉文学散歩・秩父路」「榎本了小説集」「掌篇作家論」「榎本了随想録」(1976)「掌篇埼玉文学散歩川越高麗」「掌篇埼玉文学散歩・中山道」「掌篇埼玉文学散歩・佐吉多万」「榎本了詩文集77」(1977)「埼玉県の文学碑」(1980)「榎本了詩集」「わが愛の映画女優たち」(1982)「懐かしのチャンバラとドタバタのヒーローたち」(1984)「榎本裕美写真集」「情事」(1986)など |
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| 大穂耕一郎 著作(←著者ホームページにリンク) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1954(昭和29)年 東京都文京区に生まれる。1976(昭和51)年 秋田大学教育学部卒業。卒論は「東北地方における鉄道交通の現状と将来」。現在、あきる野市立屋城小学校教諭。 著書に『峠を越えたヤマメはイワナになった』(のんぶる舎)などがある。 趣味は鉄道、旅、山登り、渓流釣りなど、空の下の生活を楽しんでいる。まつやま書房からは、他に『秩父鉄道新風土記』を出しており、また新刊として『春の小川でフナを釣る』を発刊した。 |
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| 川崎達海 著作 | |||||||||||||||
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| 吉柳泰彦 著作 | |||||||||||||||
| ・1924年北海道に生まれる・1954年早稲田大学英文科卒業・1956年英語教師として北海道芦別高校に勤務。・1963年埼玉県に転出 県立児玉高校、玉川工業高校を経て豊岡高校に転出し、以後17年間、同校に勤務・1985年定年退職 | |||||||||||||||
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| 小菅光夫 著作 | |||||||||||||||
| ・ 1950年 小鹿野町生まれ・1968年 県立小鹿野高校卒・1970年 武蔵野美術短期大学卒、卒業後、都内でをアルバイトしながら絵画にいそしむ。・1978年 帰郷。帰郷後新たに「合角(がっかく)ダムシリーズ」「小鹿野歌舞伎シリーズ」に油彩や版画で取り組み、発表しづけている。共著に『詩画集土くれ』 がある。 | |||||||||||||||
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| 小見山憲彦 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
| 著者略歴 昭和23年4月、野上町立野上中学校教諭。以後、秩父郡市立小・中学校及び秩父教育事務所勤務。 昭和63年3月定年退職。 |
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| 佐藤孝 著作 | |||||||||||||||
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著者略歴 1944(昭和19)年埼玉県出身。 埼玉県立松山高等学校卒業 仏教的生活者・戯作者 著書に『悟り猫』(文芸社) |
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| 霜田文秋 著作 | |||||||||||||||
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著者略歴 1921年埼玉県比企郡滑川村(現滑川町)に生まれる。県立松山中学校(松山高校)、埼玉青年師範学校、明治大学卒業。東京農大育種研究室にて染色体を研究。長野県、埼玉県の小・中・高校教諭を歴任。 主要著書に「さんだる先生」(弘文堂)「柵のない学校」(創世紀)などがある。 |
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| 須藤喜代子 著作 | |||||||||||||||
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| 須藤澄夫 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
| 1948年生まれ 1973年、『経営問題』(中央公論社)の懸賞論文「現役上役論」に入選。この頃、「企業社会的責任論」など、各種論文が入選。 1982年から、地域文化を考えるとして、高麗川作文教室を主宰、雑誌『手習帖』を年1回発行。 1986年からは、気分で刊行するの意で、個人通信『滝ノ入通信』を発行。126号のところで終刊。 現在、秋草学園短期大学特任教授。埼玉県内の公立学校教員、社会教育主事、中学校長、教育長、助役などを経て現職。 子どもとおとなのための思考塾「少年哲学堂」主宰。平凡な草木を想う会「平成草木塔協会」を設立し平成草木塔の普及に努める。詩の朗読会を長年続ける。 著書に時代小説『幕末残照』(新人物往来社)や、絵本エッセイ『水尾はねえ』(高麗川作文教室)。『幕末残照』は、権力に和せず志に殉じた米沢藩士雲井龍雄と、キリシタンだったために大島へ流されながらも果敢に生きた女性おた阿・ジュリアを描いた2編をおさめる。 そのほか、『尾瀬はぼくらの自然塾』(あさを社)、『コダワルナ,コダワルということについてもコダワルナということについて』(文芸社)がある。またベンジャミン・フランクリンに関する翻訳もあり、読書や地域文化についての文章も記している。 |
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| 須藤紀子 著作 | |||||||||||||||
| 1950年毛呂山町生まれ。川越女子高校を経て埼玉大学教育学部卒。日高市にて17年間小学校勤務の後、越生町立梅園小学校に勤務した。 | |||||||||||||||
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| 須藤水尾 著作 | |||||||||||||||
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| 須藤澄夫 木元稔 他2名 著作 | |||||||||||||||
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| 高坂立男 著作 | |||||||||||||||
| 1930年兵庫県淡路島に生まれる。関西学院大学経済学部退学後、1960年明治大学法学部卒業。会社員を経て1972年社会保険労務士試験合格。JMEC経営コンサルタントとして活躍。1994年よりIMN JAPAN国際研修コンサルタント、1991年高坂労務経営事務所を開設、企業の顧問と して労務管理の指導にあたる。 | |||||||||||||||
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| 高橋英夫 著作 | |||||||||||||||
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| 田口聡 著作 | |||||||||||||||
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| 鶴見彰 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
| 1929年 東京に生まれる。1947年 東京都立第5中学校(現小石川高校)卒業。1950年 青山学院専門学校(現青山学院大学)英文科卒業。同年6月より埼玉県立秩父高校、浦和西高校、川越女子高校教諭。1984年 退職 著書 作品集『ふるさと』(1984年)作品集 『犬と老婆』(1987年)小説集『新盆の頃』(1998年、まつやま書房) |
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| 中島良雄 著作 | |||||||||||||||
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| 成迫政則 著作 | ||||||||||||||
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| 西澤怜子 著作 | |||||||||||||||
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| 西田千恵子 著作 | |||||||||||||||
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| 貫井清英 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
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| のむら信太郎 著作 | |||||||||||||||
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| 花園町東京実情調査団 著作 | |||||||||||||||
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| はまのやすき 著作 | |||||||||||||||
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| 平野孝一 著作 | |||||||||||||||
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| 町田良平 著作 | |||||||||||||||
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| 宮城和歌夫 著作 | |||||||||||||||
| 1953(昭和28)年生まれ。 立教大学社会学部卒。テレビ・コマーシャル制作会社を経て渡米。カリフォルニア州立大学・ヘイワード校に於いて英語を学ぶ。 作詞作曲を趣味とし、1991年夏、オリジナルソング・アルバム「吾 亦恋」(ワレモコウ)を制作、販売中。 |
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| 矢島栄二 著作 | |||||||||||||||
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1951年埼玉県加須市に生まれる。県立浦和高校卒業、8年かかって成城大学を卒業せず。在学中から登山、エジプト、ケニアの一人旅もする。中退後は、冬の北海道、知床半島でバーテンダー、夏の沖縄、那覇でキャバレーの呼び込み、さらに離島宮古島の村に住むなどして日を過ごす。近年は東京、新宿に腰を据え、都内大手の探偵社に1年間、調査員としてつとめる。その経験を基に昭和58年JICC出版局より「探偵日記」を発刊。 以後はコーヒー店の経営をめざし、修行。浦和市に開店した。 |
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| 矢島栄二 著作 | |||||||||||||||
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1951年埼玉県加須市に生まれる。県立浦和高校卒業、8年かかって成城大学を卒業せず。在学中から登山、エジプト、ケニアの一人旅もする。中退後は、冬の北海道、知床半島でバーテンダー、夏の沖縄、那覇でキャバレーの呼び込み、さらに離島宮古島の村に住むなどして日を過ごす。近年は東京、新宿に腰を据え、都内大手の探偵社に1年間、調査員としてつとめる。その経験を基に昭和58年JICC出版局より「探偵日記」を発刊。 以後はコーヒー店の経営をめざし、修行。浦和市に開店した。 |
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| 柳内賢治 著作 | |||||||||||||||
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| 山辺いと 著作 | |||||||||||||||
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| 山本重孝 著作 | |||||||||||||||
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| 渡辺昌和 著作 坂戸自然史研究会編 | |||||||||||||||
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| 吉田正男 著作 | |||||||||||||||||||||||||||
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